分子科学研究所

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広報活動

二次元高分子をつくり出す合成化学

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[はじめに]
高分子は、小分子ユニット(モノマーと呼ぶ)を化学結合でどんどんつないでいてできる分子である。一次元的に連結した場合長い鎖(線状高分子)を与え、また、枝分かれるように成長していくと三次元形態をなすことが従来の高分子の姿である。シートのように平らで、分子1枚が原子1個分の厚みを持つような究極な高分子はあり得るのだろうか。自然界では黒鉛(グラファイト、石墨とも呼ぶ)という鉱物が存在しおり、その積層構造を剥離することで二次元の炭素原子層、すなわち、グラフェンを得ることができる。果たして小分子から化学結合で二次元高分子を人工的につくることは可能だろうか。本稿では、我々の例を中心に、二次元高分子の設計・合成戦略、構造特徴及び機能発現について紹介する。

65_2_1.jpg[設計・合成戦略:幾何学形状と動的共有結合]
二次元的に連結していくためには、モノマーは特定な幾何学形状を持つことが大事である。なぜならば、成長点において、各連結ユニットの中心軸が二次元平面から逸脱しないように制限しなければならないからだ。図1のように、モノマーの形状に対して位相幾何学的に設計することが必要である[1]。ベンゼンなどの芳香族分子は硬直な平面構造を有し、さらに、結合が明確な方向性を持つため、二次元高分子の形づくりに適している。
二次元高分子は、シート内で規則正しい多孔構造を生み出すユニークな高分子である(図1)。グラフェンとは異なり、二次元合成高分子は、炭素以外に、様々な元素を分子に導入することができ、また、特異な多孔構造を固有していることも特徴である。
二次元高分子は、ナノポアを形成しながらモノマーを連結して分子骨格を形成している。この場合、複数の成長点で連結反応が同時に進行され、ポアに欠陥が残りやすい。動的共有結合は平衡反応に支配された共有結合で、反応条件によって平衡を左右させることが可能であるため、欠陥構造を修復することができる。ビルディングブロックの特定な幾何学形状と特殊な反応形式が二次元高分子の合成における最大な特徴と言える[1]。

ボロン酸と水酸基との縮合反応は典型的な動的共有結合反応であり、また、形成されるリンカーによって両モノマーを同じ平面に保つことができる。もしモノマーの構造を幾何学通りに設計することができれば、ボロン酸と水酸基との縮合反応による二次元高分子の合成が可能となる。実際、私たちは、芳香族のトリフェニレンとピレン誘導体からモノマーを合成し、溶媒熱条件下で重縮合反応を行い、二次元高分子の合成を試みた。幸運なことに、二次元高分子をつくることに成功した(図2)[2]。

 

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図2 トリフェニレン(緑色)とピレン(青色)からなる二次元高分子(3x3編み目構造;ポアサイズ3.1 nm)。

[構造特徴:原子層、積層及び一次元チャンネル構造]
構造という観点から、二次元高分子は、面内構造、すなわち、構成ユニットや連結方式、ポア形状、ポアサイズ、平面内の周期構造などの一次構造と積層構造、すなわち、積層モードやチャンネル構造、カラム配列などの高次構造から成り立ている。高次構造では、特に、二次元高分子はどのようなマクロ的な形を取っているのか興味深いことである。反応系から析出した二次元高分子を電子顕微鏡で観察すると、例えば、トリフェニレンとピレンからなる二次元高分子はベルト状形態を有し(図3、FE-SEM)、さらに、透過型電子顕微鏡(図3、HR-TEM)で観察すると、ベルトの中には、原子層の厚みを持った分子シートが真直ぐに延びており、お互いに平行に積み重なっていることが分かった(図3、Layers)[2]。二次元高分子の形状は、原子層の形に左右されるが、モノマーの構造にも大きく依存し、ベルト状以外に、キューブ状や円盤状など多彩多様である。
ところで、二次元高分子はどのように積層しているのだろうか。二次元高分子は周期構造のため、極めて強いX線回析ピークを示し、そのパターンを解析することで、結晶群を決定することが可能である[2-7]。また、DFTB計算によって、安定化エネルギーが積層構造を決めるキーファクターであることが明らかになった。これまでの例では、構成ユニットが真上に積み重なるもの、1−2Å程度横ずらして積層していくものがほとんどで、シート間のπ−πスタックが有利に働くように原子層を配列していることが分かった[2-7]。
積層することによって、二次元高分子は一次元チャンネルの周期構造をもたらす。チャンネルのサイズや形状はモノマーの形、サイズ、及び結合パターンによって規定され、原理的に分子設計することが可能である。これは、従来の多孔構造体とは根本的に相違する点である。二次元高分子は、1グラムあたり数百から数千平方メートルという巨大な表面積を持ち、また、設計可能であるため、ガス吸着・貯蔵媒体として魅力的である[2-7]。

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図3 電子顕微鏡写真と積層構造。

[機能発現:分子骨格・ポアを舞台に]
二次元高分子は、シート内の周期構造が積層することによって、面の垂直方向軸に沿ってさらに拡張され、巨視的なカラム周期構造を生み出す(図2)。我々は、これまでに、様々なπ分子をモノマーとして開発し、重縮合反応により種々の二次高分子の構築に成功し、それらをベースとした新規な物質群を開拓してきた。
トリフェニレンとピレンからなる二次元高分子(図2)は、トリフェニレンやピレンユニットを励起すると、いずれも強い青色蛍光を発した。ヨウ素をドーピングすると電気伝導が増大し、p型半導体であることが示唆された[2]。一方、ピレンのみからなる単一成分二次元高分子では、励起子は平面内およびシート間を高速移動することが可能で、高い光伝導性を示す(図4)[3]。

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図4 ピレンからなる二次元高分子。

最近、筆者らは、18π電子を有するポルフィリンやフタロシアニンユニットをモノマーとして開発し、それぞれの二次元高分子を合成した(図5と6)。この場合、紫外から近赤外まで幅広い波長領域での光吸収が可能となる。同時に、積層によって形成されるポルフィリンやフタロシアニンのカラム周期構造が極めて高い光伝導性を誘起する。例えば、フタロシアニン二次元高分子はなんと1.3 cm2V–1S–1という類のない高いホール移動度を示した[4]。一方、ポルフィリンからなる二次元高分子はキューブ状形態を有し、反応時間が長くなるにつれて、キューブサイズが次第に大きくなる。興味深いことに、表面積や細孔容積が分子サイズとともに、大きくなることが分かった[5]。これは、二次元高分子の高次構造を精密に制御できることを意味している。

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図5 ポルフィリンからなる二次元高分子。

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図6 フタロシアニン二次元高分子。

フタロシアニンを連結する部位に電子吸引性ユニットを導入するだけで、二次元高分子はもとのp型からn型に劇的に変化した(図7)。従来のn型半導体と違って、n型二次元高分子は優れた熱安定性、極めて高い電子移動度(0.6 cm2V–1S–1)と光伝導性を兼備することが可能である[6]。二次元高分子は特異な周期構造を有するπ電子系物質として期待されている。

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図7 n型二次元高分子。

多孔構造の表面は材料の物理・化学的な性質、例えば、ガス吸着、分子分離、触媒反応、エネルギー貯蔵などの機能発現に決定的な影響を与える。このため、チャンネルの表面をいかに制御してつくるかということが、多孔材料の開拓において中心的な課題となっている。我々は、二次元高分子のポアを思いのままに自在に制御できる手法を開拓した(図8)[7]。この手法では、チャンネル表面に官能基を植え付けることができ、設計とおりにその密度をコントロールすることができる。例えば、官能基をチューニングすることで、同じ分子骨格でも窒素に対する二酸化炭素の吸着選択性を16倍も向上することを可能にした。この手法は、種々の官能基に対して適用でき、様々な形の二次元高分子にも適用できることを検証した。この手法は、テーラーメードで多孔性構造を作り出す技術として、機能性二次元高分子の開発に大きく貢献するものと期待されている。

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図8 二次元高分子のポアエンジニアリング。

[今後の展開について]
二次元高分子は、特異な周期構造を有する高分子として、特にどのような光・電子機能やガス吸着機能を秘められているのか、今後の更なる展開が期待できる。以上で紹介した二次元高分子に関する研究は永井篤志助教をはじめ、多くの共同研究者によるものであり、この場を借りて感謝したい。

■参考文献
[1] D. Jiang, X. Ding and J. Guo, Supramolecular Soft Matter: Applications in Materials and Organic Electronics, John Wiley & Sons, Inc.,
Hoboken, NJ, USA. 2011.
[2] S. Wan, J. Guo, J. Kim, H. Ihee and D. Jiang, Angew. Chem. Int. Ed. 47, 8826-8830 (2008).
[3] S. Wan, J. Guo, J. Kim, H. Ihee and D. Jiang, Angew. Chem. Int. Ed. 48, 5439-5442 (2009).
[4] X. Ding, J.Guo, X. Feng, Y. Honsho, J. Guo, S. Seki, P. Maitarad, A. Saeki, S. Nagase and D. Jiang, Angew. Chem. Int. Ed. 50, 1289-1293 (2011).
[5] X. Feng, L. Chen, Y. Dong and D. Jiang, Chem. Commun. 47, 1979-1981 (2011).
[6] X. Ding, L. Chen, Y. Honsho, X. Feng, O. Saengsawang, J. Guo, A. Saeki, S. Seki, S. Irle, S. Nagase, P. Vudhichai and D. Jiang, J. Am. Chem. Soc. 133, 14510-14513 (2011).
[7] A. Nagai, Z. Guo, X. Feng, S. Jin, X. Chen, X. Ding and D. Jiang, Nature Communications 2:536 doi: 10.1038/ncomms1542 (2011).